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国指定 天然記念物「桜川のサクラ」

『桜川のサクラの石碑』の画像

 古来より山桜の里として親しまれてきました当地の桜は、平安時代の歌人 紀貫之が歌に「常よりも 春辺になれば桜川 波の花こそ 間なく寄すらめ」と詠みました。現代語に訳すと「春になると桜の花びらが川面をおおって流れていく。少しの間も空くことなく、壮観な眺めだ。」といった意味になります。遥か千年の昔、桜の名所としての「桜川」の評判が、遠く平安京にまで知れ渡っていたという事実に驚かされます。

そして、その名をさらに全国に広めたのは室町時代の世阿弥作「謡曲 桜川」です。

江戸時代には歴代将軍により、隅田川堤はじめ、現在の皇居や上野山、新宿御苑、小金井等の江戸各所に移植されました。

特に水戸光圀公は、櫻川磯部稲村神社を度々社参、この地のサクラを大変気に入り、偕楽園前の小川に移植し、「桜川」と名付けるほどでした。

時は流れ、大正13年には国指定の「名勝」、昭和49年には国の「天然記念物」に指定されています。

✿桜まつりの期間は櫻川磯部稲村神社には案内所とガイドが常駐しています。パンフレットもあります。桜めぐりをするなら櫻川磯部稲村神社からスタートするのがオススメです。

✿謡曲「桜川」について
謡曲「桜川」は桜の名勝地として名高い磯部一帯が舞台です。
室町時代の1438年に櫻川磯部稲村神社の神主磯部祐行が、当時の関東菅領(実際は鎌倉公方)であった足利持氏に、花見噺「櫻児物語」一巻を献上しました。
その物語を目にした第六代将軍足利義教が、世阿弥元清に作らせたのが謡曲「桜川」です。
常陸と下総の国司になった平将門の子、桜子の若の物語で、母子の愛情物語として描かれています。
~あらすじ~
 九州の日向国(宮崎県)桜の馬場の西に、母ひとり子ひとりの貧しい家がありました。
その家の子・桜子は、東国の人商人にわが身を売り、お金と手紙を母に渡してくれとたのみ国を立ちます。
その手紙を読んだ母は、嘆き悲しみ、子の行方を捜す旅に出ます。
 それから3年、遠く常陸国(茨城県)で桜子は磯部寺に弟子入りしていました。
春も盛りの桜の季節、桜子は住職と共に花見に出かけます。
丁度その頃、桜川のほとりには、長い旅路の末、狂女となった桜子の母親がたどり着いていました。
 桜川に散る花びらをすくって、狂った有様を見せる女がいることを聞いた住職が女を呼び出して訳を聞くと、九州からはるばる我が子を探しに来たことを語りました。
桜を信仰するいわれ、我が子の名が桜子であることなどを語り、想いを募らせて狂乱の極みとなっていたのです。
 住職は、連れている桜子を引き合わせます。
二人は嬉し涙にくれ、母は正気に戻り、連れ立って国に帰ります。
後に母も出家して、仏の恵みを得たことから、親子の道は本当に有難いという教訓が語られます。

✿謡曲「桜川」は毎年、桜の時期に不定期で磯部稲村神社で公演します。開催日などは磯部稲村神社(☎0296-75-2838)にご確認ください。 

✿桜の見ごろ 例年4月上旬~中旬

✿桜川の桜の情報は こちら

 詳細情報

所在地 茨城県桜川市磯部740-2(磯部桜川公園)
アクセス

〇JR水戸線羽黒駅より車5分、徒歩20分(2.3km)
〇JR水戸線岩瀬駅よりタクシー15分(4km)
〇桜川筑西ICより10分(6km)
〇笠間西ICより10分(6km)
櫻川磯部稲村神社(桜川市磯部779)より徒歩5~10分
※岩瀬駅前にはタクシーが常駐しています。羽黒駅前にはタクシーは常駐していません。

駐車場 有(60台)
トイレ 男:4(和1、小2)障がい1
女:3(和2)障がい1

地図情報

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問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは桜川市観光協会です。

桜川市役所商工観光課内 〒300-4495 桜川市真壁町飯塚911番地

電話番号:0296-55-1159(直通) ファックス番号:0296-54-0417

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